280年の伝承を次世代につなげる黒森歌舞伎

二月という厳冬期に、それも観客は屋外観劇という全国でも珍しい農村歌舞伎が酒田市にある。
黒森歌舞伎―酒田市の黒森地区に住む人々が今に伝える伝承芸能です。その地芝居はおよそ280年以上も昔から一度も休むことなく、毎年二月の十五、十七日に上演されてきました。
地方の人口、子どもたちが減少する現代で、江戸時代から引き継いできた芸能を次世代につなげるための工夫を知りたいと思い、黒森歌舞伎の座長・冨樫久一さんにお話を伺ってきました。

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奉納黒森歌舞伎

―そもそもなぜ厳冬期の二月に上演されるのですか?

冨樫氏:全国でも酷寒期に上演するのは黒森だけです。地元の妻堂連中(祭を司ってきた人たち)が伝承してきた神事ですが、農閑期であり、正月公演(旧暦)だからという理由らしいですね。

―観客も雪舞う中で観るのは大変ですよね。

冨樫氏:昔は人がたくさん集まってきていたから温かかったのではないですかねえ。1,500人くらいは観ていた時もある。昼から夕方まで4時間くらい上演しているので観客は出たり入ったり。今は3月にも酒田市民会館で同じ公演を行なうので酒田市民はそちらを観て(笑)、寒い屋外の本上演には遠方や市外から来られるみたいです、風情があるからと。

―座長さんは何年くらい黒森歌舞伎を?

冨樫氏:23才の時に誘われ、1年くらいやってみようかなと軽い気持ちで始めたのが、お前は筋がいいと乗せられて…結局40年くらいになりますねえ。かつては家で代々やっている人たちで続けてきたが、今は担い手が減っているので誘わないと。皆、仕事もあるから大変だけど。私は納豆屋(黒森納豆)をやっていますよ。

時折ユーモアを交えながら飄々と話してくださる冨樫さんは、会に4人しかいないという女方。美しい上演姿のブロマイドを見せていただきましたが、色気たっぷりの変身ぶりに私たちは思わずため息がこぼれました。

冨樫氏:化粧するとスイッチが入るんですよねえ。ファン?自分のかみさんくらいじゃないかなあ。

座員は今は役者、裏方合わせて全部で40名くらい。女性も裏方にはいるのだとか。みな「正月歌舞伎を成功させる」という一つの目的のもと、和気あいあいと活動しているそうです。

地元の小学校の授業で親しむ黒森少年歌舞伎

―伝統芸能を続けるためには若い層が担い手になる必要がありますね。誘う工夫は?

冨樫氏:大人になってから誘ってもなかなか難しいので、ならば子どものうちから歌舞伎に親しんでもらおうと、20年ほど前から地元の黒森小学校にお願いして、授業として子どもたちに歌舞伎に親しんでもらっています。当初は6年生だけだったのが人数が減ってきたために、今は小学4年から6年生までが練習しています。役者は男子だけなので、歌舞伎に興味をもってくれる女の子はお囃子などで参加してもらいます。中には高校生になってもお囃子で参加してくれる女の子もいる。

が、今の子どもたちは、ここ酒田でも人間関係が希薄になっているので、地元の大人たちが出て来てウザイという感覚もあるのではないかなあ。人と人とが出会うことがいちばん楽しいことなのにね。やらされている感じがあるので、小学校で練習したからといって大人になって歌舞伎の担い手にはなかなかならないね。今、会には20〜30才代は5人しかいないですよ。

それでは少年歌舞伎の意味がない。そこでこの夏、人生の過渡期にある高校三年生をもう一度歌舞伎に呼び戻すために、黒森歌舞伎主催のバーベキューを初めて開いたのだそうです。「食べ物で釣ろうってね、みんなで考えたんだ。」と笑う冨樫さん。

その後新しい若手スター確保に成功したでしょうか。主役をはるまでにも最低5年は必要なのだそうで、人を育てるため、次世代を取り込むための現代風バーベキュー作戦。何より、仕掛け人である大人たちが歌舞伎や地元での関わり合いを楽しむ姿を、若い世代に見てもらうことがいいのかなあと冨樫さんはおっしゃっていました。

自分の人生の中に、伝統の担い手として生きるもう一つの時がある

冨樫さんのお話を聞いている日の夕方、たまたま小学生の歌舞伎練習を近くでやっているということでご一緒させていただきました。
お話を聞いていた演舞場からほど近いコミュニティセンターに小学生男子が5人、副座長さんから傘を使った立ち回りの練習をつけてもらっていました。

一人ずつ順番に立ち回る姿はまだまだ歌舞伎の型には程遠いながら、台詞をそらでうたいあげる子どもたちの声は、立派に歌舞伎の発声。凛々しく清々しく、いよっ黒森歌舞伎!

―練習は楽しい?

子どもたち:う…ん、楽しいかな。大人になっても続けられるかな…

ちょっと消極的な返事でしたけど、それでも黒森の地域に生まれたからこそ出会えた芸能の世界。それは大人たちが必死で、伝統や地域伝承の意味を子どもたちに伝えたいという本来の目的とは別に、現代を生きる子どもたち一人一人にとっては未知との遭遇。

少年時代に体験した歌舞伎を大人になっても続ける人はそのうちごく僅かなのかもしれません。が、黒森歌舞伎の体験、伝承を支える大人たちとの関わり合いは、成長途上にある子どもたちにとって、心の栄養や豊かさとして何気なく彼らの内に蓄えられているのではないでしょうか。それこそが伝統のもつ意味、文化というものではないかと思いました。

取材を終えて

冨樫座長さんはおっしゃいました。

富樫氏:先輩たちが担って来た280(年)分の40(年)だけ自分も関わっていることが誇りです。

個人の人生はせいぜい100年足らずだけれど、黒森歌舞伎の方々はそれ以上280年分の伝統芸能の担い手という時をもう一方で同時に生きています。そんな多次元な人生に出会える機会が黒森地区の子どもたちにはあるー東京で、一個人としてだけ暮らす私にはそれがとても羨ましく思えたのでした。

二月の厳冬期に必ず奉納黒森歌舞伎を観に行こう!
ご関心のある方はご一緒しませんか?

(※本稿は2018年7月下旬に実施された取材をもとに作成されました。)


取材者プロフィール

ペンネーム:たっきー
所属単協名:東京多摩南・まち調布狛江
プロフィール:補習塾を細々と運営しています。

多摩川の自然が気に入って狛江に在住。

民族や伝統文化に触れて発見することを生活に活かしたいなあと思っています。

アウトドア、音楽大好き、お酒と美味しい食もです。

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